2024年8月28日水曜日

麦こがし

数年前、友人から沖縄土産として「伊江島ぴしご」をもらいました。伊江島は、本部半島からフェリーで30分、平らな島に城山だけが突き出た島です。”ぴしご”とは、伊江島の言葉で押し込むことだそうです。伊江島産の小麦の全粒粉とじーまみ(ピーナツ)を型に押し込んだ素朴なお菓子です。伊江島は、琉球王朝時代から続く小麦の産地であり、在来種である”江島神力” という小麦は、香り高いことで知られているようです。その江島神力を使って開発されたのが「伊江島ぴしご」とのこと。「伊江島ぴしご」の香ばしくて素朴な味わいは、子供の頃に食べた”麦こがし”に通じるものがあり、懐かしさも相まってすっかり気に入りました。売っているところも限られるので、お取り寄せで箱買いしています。

麦こがしは、香煎(こうせん)、関西でははったい粉とも呼ばれますが、大麦の玄穀を焙煎した上で挽いた粉です。”はったい”とは”焙じた”がなまった言葉とされます。玄穀とは、米で言えば玄米にあたり、穂から取ったままの皮付きの種子です。大豆で同じように作れば、きな粉になります。きな粉は、和菓子の世界で大人気ですが、似たような麦こがしの知名度はイマイチどころか、特に若い人たちはほとんど知らないと思われます。私が子供の頃ですら、既に過去のものになりつつありました。よく食べたという記憶はなく、食べたことがあるといった程度に留まります。食べ方としては、麦こがし粉に砂糖と若干のお湯を入れて溶きペースト状のまま食べます。香ばしい簡単おやつといったところでしょうか。

その歴史ははっきりしませんが、恐らく中国伝来ということなのでしょう。源平合戦のおり義経一行が食べて喜んだとも、大坂の陣の際には徳川家康が食べて気に入り、好物の一つになったとも聞きます。栄養価も高いので、戦時の携行食という面もあったのかもしれません。恐らく、その性格からして世界中に似たようなものが存在していると思われます。最も有名なものとしては、チベットのツァンパが挙げられます。ツァンパは、大麦の一種ハダカムギを脱穀、焙煎してから粉にし、お湯ではなくバター茶で溶いたものです。バター茶は、紅茶、ミルク、バター、砂糖で作られます。ツァンパは、チベットの主食であり、日に3度食べるといいます。また、ダライ・ラマの誕生日に行われるツァンパ祭りでは、互いにツァンパの粉を掛け合うという風習まであります。

麦こがしは、落雁などの和菓子に使われることもあります。落雁は、米粉に水飴などを加えて型にはめ、乾燥させたものです。中央アジア発祥で、中国経由で室町期の日本に伝来したとされます。落雁とは風流な名前ですが、語源ははっきりしていません。明のお菓子”軟落甘”が転じたという説があります。日本三大銘菓(越乃雪、長生殿、山川)も落雁の一種です。また、米粉以外にも豆落雁、栗落雁、そして大麦を使う麦落雁もあります。これなどは麦こがしを固形化したものと言えます。伊江島ぴしごも、小麦を使う麦落雁の一種ということができると思います。ちなみに、落雁によく似たお菓子にお干菓子がありますが、これは水飴などを使わず、和三盆だけを押し固めたものです。

大麦は、世界最古の穀物の一つといわれます。日本への渡来も小麦よりも早かったようです。乾燥や低温にも強いことから、広く世界で栽培されています。その用途も幅広く、日本では、麦飯、味噌・醤油、焼酎、麦茶、水飴、麦こがし等に使われます。また、大麦の麦芽は、ビールやウィスキーの原材料として知られます。さらに大麦若葉は、青汁の原料として人気です。私も、毎朝、飲んでいます。飼料としても利用され、上質な牛肉には欠かせないとも聞きます。近年、大麦は、食物繊維とビタミン類が豊富なことで注目されているようです。ひょっとすると麦こがしも脚光を浴びる日が来るかもしれません。(写真出典:erecipe.woman.excite.co.jp)

マクア渓谷