2024年3月29日金曜日

「12日の殺人」

監督:ドミニク・モル     2022年フランス・ベルギー

☆☆☆+

2013年、パリ近郊の小さな街で起きた実際の事件を元にした映画です。真夜中に、友人宅から自宅へ戻る途中の若い女性が、ガソリンをかけられ、焼死させられた事件です。警察の懸命な捜査にも関わらず、いまだ事件は解決していません。映画は、未解決事件を捜査する警察官の心理を描いています。最終的には犯人が捕まる通常のサスペンスとは異なり、扱うことが非常に難しいテーマだと思います。舞台は、グルノーブル近郊の町に変えられていますが、いずれにしても小さな町での地道な捜査にドラマチックな展開などありません。事件を追う警察官たちの心が、徐々に事件に蝕まれていく様が、丁寧に、ドキュメンタリーに近い冷静さをもって描かれています。不思議な魅力を持った映画だと思います。 

未解決事件を描いた映画といえば。ポン・ジュノの最高傑作「殺人の追憶」(2003)が思い出されます。私が、韓国映画にハマるきっかけとなった映画でもあります。「殺人の追憶」も、1986年に水原市郊外の農村地帯で起きた未解決事件をモデルにしています。未解決事件をモティーフにするというポン・ジュノの革新的な発想にも驚きました。「殺人の追憶」は、未解決事件という不可解な状況の前で右往左往する警察官たちの姿を通して、近代化に戸惑う韓国社会を描いていたと思います。ポン・ジュノの目線は、常に社会的です。対して、本作は、未解決事件に囚われ、心のバランスを失っていく警察官にフォーカスし、かつ距離を置いたリアルさをもって描いています。警察官という仕事の宿命を描いたとも言えそうです。

一定期間が経ると公訴権が失われます。いわゆる時効です。その根拠は、時間の経過に伴い社会の処罰欲求が薄れる、証拠が散逸して冤罪を起こしかねない、そして犯人が逃亡生活の苦痛によって事実上処罰を受けた、等々とされます。未解決事件、ことに殺人事件は、追われる側、追う側、双方に深い心の闇を与えるものなのでしょう。殺人事件の時効成立後に、犯人が自首するケースも少なからずあると聞きます。処罰されないから出頭したとも言えますが、そもそも出頭する必要などないわけです。やはり良心の呵責に耐えきれなかったということなのでしょう。2010年、日本の刑法も改正され、死刑相当の殺人事件に関する時効が廃止されました。DNA型鑑定の普及に伴い、決定的証拠が半永久的に残るようになったからなのでしょう。

ちなみに、「殺人の追憶」のモデルとされた事件も、2019年に至り、別な殺人罪で収監されていた囚人がDNA型鑑定によって犯人と特定され、大きなニュースになっていました。DNAは、犯罪捜査を大きく変えたと言えるのでしょう。かなり時間が経過した未解決事件も、DNAによって多く解決されています。だた、当然のことながら、DNAが残置していること、照合するサンプルが存在していることが、絶対条件となります。また、1996年、コロラドで発生したジョンベネちゃん殺害事件では、未知の複数人のDNAが検出され、いずれも照合できていません。時にDNAは、捜査を混乱させる要素ともなり得るわけです。本作がモデルとした事件では、遺体からDNAは検出されていません。

本作のサブ・テーマの一つは、フェミニズムだと思われます。新任の女性捜査官による「男が事件を起こし、男が捕まえる」、あるいは被害者の友人女性による「彼女がなぜ殺されたか教えてあげるわ。彼女が女の子だからよ」といった男性社会への批判は印象に残ります。また、3年を経て風化しつつあった事件の再捜査を指示したのも新任の女性検事でした。女性に対する性犯罪が起きた場合、被害者の服装や立居振舞を捉えて、被害者にも責任があると断じる傾向があります。かつて、そうした偏見が多くあったように思いますが、近年ではかなり減ったように思います。犯罪や犯罪捜査におけるフェミニズムに関しては、表面的なものに留まらない生物学的な問題も存在し、なかなか難しいように思えます。(写真出典:eiga.com)

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