2022年8月1日月曜日

「モガディッシュ」

 監督:リュ・スンワン     2021年韓国

☆☆☆+

スピード感があり、迫力もあり、実によくできたエンターテイメント映画だと思います。文在寅政権時代には、「タクシー運転手」、「国家が破産する日」、「1987」、「KCIA」など、青瓦台肝いりと思われるプロパガンダ系映画が製作されました。どれもレベルの高いエンターテイメントであり、大ヒットしました。テーマは二つありました。一つは、保守勢力はひどい、今一つは、南北は仲良くしましょう、ということです。本作は、文在寅政権最後のプロパガンダ系であり、南北融和を主題とする映画です。ただ、これまでのプロパガンダ系とは、やや異なる風情を感じます。

本作は、実話に基づいているようです。1980年代、国連加盟をねらう北朝鮮と韓国は、大票田アフリカで、互いに牽制・妨害しながら外交活動を展開します。1988年から内戦状態にあったソマリアの首都モガディッシュ(モガディシオ)でも同様でした。1991年12月、アイディード将軍率いる反政府勢力がモガディッシュに侵攻、北朝鮮と韓国の大使館も攻撃を受けます。北朝鮮は大使館を放棄、大使館員と家族は、結果的に韓国大使館に保護される事態となります。韓国大使館員は、イタリアの救援機で国外へ脱出できることになりますが、イタリアと国交のない北朝鮮大使館員は、キャパの問題から搭乗を拒否されます。韓国大使は、北朝鮮大使館員が南に転向したと偽り、両国大使館員は、全員、国外脱出を果たします。

リュ・スンワン監督は、韓国のタランティーノとも呼ばれ、アクション映画に冴えを見せてきました。個人的に印象に残っている作品は「生き残るための3つの取引」(2010)です。ただ、圧倒的な展開力はあるものの、どこか作品としての完成度に欠けるきらいがありました。ところが、本作では、小気味よいテンポとテーマへの集中度が、最後まで途切れることがなく、完成度の高い作品となっています。戦時下の国からの脱出という緊張感あふれるフレームに、極限状態における南北の政治的対立と民族としての共感性という要素が加わり、深みのあるプロットが生まれています。あくまでも政治ではなく個人に視点を置いていることが、多くの韓国人の共感を得たのだと思います。

モガディッシュが舞台の映画と言えば、なんといってもリドリー・スコット監督の「ブラックホーク・ダウン」(2001)が挙げられます。本作のドライでリアルな映像には、ブラックホーク・ダウンの影響を色濃く感じます。ロケ地も、同じくモロッコだったようです。ブラックホーク・ダウンはアカデミー音響賞を獲っていますが、本作の音響、とくにカラシニコフの銃声がリアルで、印象に残りました。ソマリアでは、1988年以降、カラシニコフの銃声が絶えることなく、今に至ります。バーレ将軍の腐敗した独裁政権が、モガディッシュ陥落で倒れた後は、反政府勢力間での争いが起こります。内戦は今も続き、長い間、国としての体を成していません。また、北部のソマリランドは事実上の独立国家にまでなっています。

プロパガンダとエンターテイメントの組み合わせは、危険な化学反応を起こします。文在寅政権は、左翼らしい狡猾さをもって、映画界をコントロールしたように思います。青瓦台からの指示や圧力があったかどうかは知りません。ただ、少なくとも、忖度が働く環境にあったことは間違いないと思います。共産主義の問題点のひとつは空想的な理想論です。文在寅の北寄りの政策は、具体的に何を目指しているのか、まったく不明でした。分断解消に反対する人はいないと思います。ただ、王朝維持を政治目的化した指導者、そして運命を共にする取り巻き官僚で構成される政権と、いかに統一するのかという具体策は見えないままでした。ヴィジョンがないままの交流拡大は、王朝を利するばかりと言えます。本作は、さりげなく統一の難しさを示唆している点で、これまでのプロパガンダ系と異なっていると思います。(写真出典:filmarks.com)

マクア渓谷