監督:アレクサンダー・ナナウ 2019年ルーマニア・ルクセンブルグ・ドイツ
☆☆☆+
ルーマニアの腐敗の深刻さに、ただただ驚くばかりです。政治が国民を、医療が患者を犠牲にしてまで、蓄財に走る様には、身の毛がよだちます。本作のジャーナリスティックな存在感は、映画の域を超えているとも言えそうです。2015年、ブカレストのライブハウス「コレクティブ」で火災が発生。出入口が一つしかなかったことで、27人が焼死します。さらに、救助された180人のうち37人が入院先の病院で死にます。出入口が一つという店の営業を許可していた行政の問題もありますが、軽度の火傷だった患者も含めて、なぜ多くの人が病院で死亡したのかという疑問が浮かびます。そんななか、死亡した人々は、火傷で死んだのではなく、皆、感染症で死んでいる、という内部告発が、スポーツ新聞に寄せられます。記者達が調べると、病院で使われている消毒薬が粗悪で、かつ病院はそれを10倍に薄めて使っていたことが判明します。火傷の最大の敵とされる感染症が、院内感染で広がっていたのです。消毒薬を製造していた製薬会社は、キプロスに設立したダミー会社に原材料を仕入れさせ、それを7倍の価格で調達していました。そうして生み出した不正利益を、政府、病院への賄賂の財源にしていたという疑惑が生じます。製薬会社社長は、取り調べを受けた直後、謎の事故死を遂げます。欧州水準の医療が公平に施されている、と言い続けていた社会民主党政権は退陣を余儀なくされます。
暫定政権下で、新たに任命された保健相は、密着取材を許可します。そのこと自体、極めて異例ですが、保健相は、透明性確保という観点もさることながら、腐敗した政治家や病院経営者たちとの戦いに保険をかけたのではないかと考えます。事は、それほど深刻だったわけです。新たな内部告発者たちも現れ、病院経営者たちによる患者を無視した蓄財が明らかになっていきます。巻き返しを図る社会民主党は、肺の移植手術の認可に関する根拠のない批判をもって、保健相を非難し、おりから行われた総選挙で大躍進、政権を奪還します。社会民主党は、独裁者チャウシェスクの取り巻きだった政治家の集団です。腐敗の温床どころか、腐敗の量産工場とも言える政党です。
とは言え、社会民主党は、国民から絶大な支持を得ています。2019年、司法の権限を弱めようとした社会民主党の大統領が、汚職の実刑判決を受け退陣しています。ところが、翌年行われた選挙で、社会民主党は勝利し、再び政権の座に返り咲いています。信じがたい話です。選挙での強さは、分かりやすいバラ撒き政策を公約に掲げていることによるものなのでしょう。そして、それ以上に、社会の底辺にまで根を広げた腐敗構造により、社会民主党と利権を共有し、かつ一定の社会的影響力を有する者が多数存在するからなのではないかと推察します。どうしようもない状況に陥っているとしか言いようがありません。しかも、それはルーマニアに限らず、旧東欧諸国にありがちな構造でもあります。
永らく共産党独裁政権が続き、そこで育った政治家や官僚には、腐敗という習い性が、拭いきれないほど染みついているのかも知れません。別な言い方をすれば、いまだ民主主義が定着どころか、理解すらされていないとも言えます。旧東欧諸国の腐敗した政権は、得てしてロシアの支持や支援を受けています。民主主義、自由主義が完璧だとまでは言いません。そこにも腐敗は存在します。ただ、それを是正する仕組みを持っています。しかし、独裁政権は、構造的に腐敗を生み出し続ける体制だとしか思えません。”絶対的権力は絶対的に腐敗する”というアクトン卿の言葉は、いまでも絶対的に正しいと思うわけです。(写真出典:eiga.com)