2021年6月25日金曜日

世界の壁

東洋の魔女優勝の瞬間
「世界の壁は厚かった」とは、かつてオリンピックの都度に聞かされた言葉です。国内では群を抜き、オリンピックではメダルが期待されていた選手が敗れると、必ずと言っていいほど聞かされた言葉です。64年の東京オリンピック以降、モントリオール大会くらいまでは、よく聞きました。なかなか名文句風であり、国民は、これを言われると、妙に納得したものです。しかし、私は、好きな言葉ではありませんでした。敗戦国であり、東洋の小さな国の選手ゆえ、負けても止む無し、といった卑屈さを感じます。ただ、個人の話ではなく、獲得メダル数という話になれば、”競技者数×歴史”という算式が成立し、壁の存在も理解できます。

個人に関して言えば、スポーツの世界のことですから、運も才能もあるのでしょうが、負けたということは、実力が劣っていたということであり、練習が十分ではなかったということだと思います。2021年は、テニスの大坂なおみが2度目の全豪優勝、ゴルフの松山英樹が世界最高峰のマスターズで優勝、笹生優花が日本人同士のプレイオフを制して全米女子オープン優勝、野球の大谷翔平がMLBのホームラン・ダービーのトップを走り、ボクシングの井上尚弥が2度目のラスヴェガス・メイン・イベントで3回TKO等々、日本人選手が世界の舞台で大活躍しています。もはや”世界の壁”などありません。それどころか、今や、彼らこそが”世界の壁”になりました。

アテネ・オリンピックの際、日本は自転車競技で初めてとなるメダルを獲得します。チーム・スプリントの銀メダルです。その選手の一人がインタビューで「世界一の選手は、世界一の練習をしています」と話していました。練習は裏切らないという話ではありますが、ただ、単に練習量を語っているのではないと思います。実は、”世界の壁”と言っていた時代の日本の練習は、決して世界レベルの練習になっていなかったのだと思います。当時、日本のスポーツ界は、独特の「根性論」が支配的であり、科学的なアプローチに乏しかったと思います。無論、スポーツにおける精神面の重要性を否定するものではありませんが、根性論は、一方的に、あるいは理不尽なまでに選手個人を追い込んでいきます。

64年の東京オリンピックに向けて、日本のスポーツには、開催国の威信にかけて勝利しなければならない、というプレッシャーがかかります。そのなかで、戦前の文化を彷彿とさせる根性論が注目され、広がっていきます。その象徴的存在が、大松博文監督率いる女子バレーボール・チームでした。大松監督は、勝利に向け、猛練習に次ぐ猛練習で選手たちを追い込んでいきます。結果、”東洋の魔女”と呼ばれた女子バレー・チームは金メダルを獲得します。それは日本中が歓喜した感動の瞬間でしたが、根性論が、子供たちのスポーツにも、あるいは高度成長期の営業の世界へも広がっていく契機になりました。そんななか、東京オリンピックのマラソンで銅メダルを獲得し、メキシコでの金メダルを宣言していた円谷幸吉選手が自殺します。両親宛の遺書に記された「幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません」という言葉は衝撃を与えました。

根性論は、昭和初期、軍部が、国と国民を戦争へと引きずり込んでいった軍国主義の時代を彷彿とさせます。精神論が、全てを覆いつくし、ついには勝ち目のない太平洋戦争へと入っていきました。東京オリンピックに向かう日本のスポーツ界も、勝利至上主義に基づく精神論が支配する世界だったのでしょう。世界の壁が厚かったのではなく、日本がスポーツの世界に壁を作ったというべきです。(写真出典:sponichi.co.jp)

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