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Elizabeth Hawley '63 |
興味深いことに、彼女は、登山家でもなく、ヒマラヤに登ったこともなかったようです。エリザベス・ホーリーは、1923年シカゴに生まれ、ミシガン大学を優秀な成績で卒業後、フォーチューン誌のリサーチャーになります。57年に世界一周の旅に出て、カトマンズに魅せられます。59年には、職を辞してカトマンズに移住。以降、タイム誌、後にロイターの現地特派員として活躍しました。彼女は、ヒマラヤに入る全ての登山隊にインタビューします。その粘り強く、正確な調査は、世界の山岳界から高く評価され、他に記録組織もないことから、なかば公的なヒマラヤ登山のデータ・ベースとして認められていました。山岳界のシャーロック・ホームズともあだ名され、交流のあったエドモンド・ヒラリー卿は「少し怖い存在でもある」と語っているそうです。
なぜ怖いのか、という点は興味深いところです。登山は、審判のいないスポーツとも呼ばれ、登頂の成否は自己申告に基づきます。彼女の徹底的な調査は、その真偽を明らかにするという側面も持っていたのです。事実、彼女が暴いた虚偽申告もありました。韓国の女性登山家オ・ウンソンによるカンチェンジュンガ登頂も、その一例です。オ・ウンソンが、女性初となる8000メートル峰全制覇を成し遂げたという報道がなされます。しかし、彼女がカンチェンジュンガ山頂で撮ったという写真の角度に疑問を持ったエリザベス・ホーリーは、彼女が実際には登頂していないことを暴き、公式記録は抹消されました。エリザベス・ホーリーは、まさにシャーロック・ホームズだったわけです。
地球上に、8,000mを超す山は、14座あります。最初に登頂されたのは、1950年のアンナプルナ(8091m)です。以降、50年代に12座まで登頂され、60年にはダウラギリ(8167m)、64年には最後の未踏峰シシャパンマ(8027m)への登頂が成功しています。50年代以降に初登頂が集中しているは、政治的状況の安定、そして装備の進化も関係しているのでしょう。また、8,000メートル峰全14座制覇を成し遂げた登山家は、33人います。イタリアのラインホルト・メスナーが、史上初となる全14座制覇を成し遂げたのは86年でした。恐らく、相当の資金が無ければ達成できないことであり、登山がビジネスとして成熟した証でもあるのでしょう。実は、疑義ありとされた有名登山家の登頂は、90年以降に多く摘発されています。登山のビジネス化が、虚偽申告を生んだということなのでしょう。
かつて登頂を証明するものは、写真、同行シェルパの報告、そして本人の証言の整合性だけだったのでしょう。まさにシャーロック・ホームズが必要だったわけです。逆に言えば、エリザベス・ホーリーのお墨付きが得られれば、登頂は公式記録として認定されたとも言えます。ある意味、牧歌的な世界だったとも言えます。現在は、GPSはじめ、数々の電子機器の存在が、公式記録をサポートする時代になりました。それを見届けるかのように、2018年、エリザベス・ホーリーは、カトマンズで94歳の生涯を終えています。(写真出典:americanalpineclub.org)