2020年9月14日月曜日

仮名

古代中国の文は、少ない文字で、実に深く広い内容を伝えます。例えば、史記に言う「鶏口たりとも牛後となるなかれ」は「寧為鶏口、無為牛後」とわずか8文字。その簡潔さには驚嘆を禁じ得ません。熟考の成果でもありますが、紙が発明されるまでは、木簡や竹簡という制約も大きかったのでしょう。加えて、漢字が表意文字であることが文字数の少なさを実現しているわけです。

古代文明と認められるものは、文字を持った文明です。文字は、当然、必要性があって生まれるわけですが、それは農耕の始まり、集団作業、余剰の発生、社会的分業の始まり等が背景にあったと考えられます。文字を必要としない高度な文明の存在も知られていますが、文字無しでは限界があるように思われます。文字は、象形文字からスタートします。それを使い勝手良く簡素化したものが、表意文字や表語文字であり、さらに思いっきり簡易にしたものが表音文字です。

表音文字の起源はフェニキア文字と言われますが、それ以前に原シナイ文字と原カナン文字がありました。いずれもエジプトのヒエログリフをベースに、紀元前2000年頃に作られています。見た目はヒエログリフの簡略版ですが、大事なことは、20数文字の組み合わせで、すべての言葉に対応できる汎用性です。一文字一意味の表意文字は、限りなく多くの文字が必要となり、それを使いこなせる人は限られます。表音文字の誕生は、文字の大衆化だったわけです。

表意文字と表音文字を併用する国は日本だけだそうです。中国伝来の漢字では、固有名詞等、日本独自の言葉に当たる文字はありません。そこで音だけを利用する借字、要するに当て字が使われます。平安初期の万葉仮名です。その草書体から平仮名、漢字の一部を使う片仮名が生まれます。いずれも仮の漢字であり、仮名と呼ぶわけです。

例えばベトナムや韓国でも事情は同じです。ただ、この二カ国は、独自の表音文字を正式な文字にしていきます。いまだに両国とも、名前を始め、多くの言葉が漢字で表記可能であり、ベトナムでは7割が漢字化できると言います。では、何故、日本だけが、漢字と仮名の併用を続けているのでしょうか?いくつかの要因が考えられますが、おそらく最も大きな理由は、江戸期の識字率の高さ、ことに漢字の普及率の高さだったのではないでしょうか。戦後、GHQが日本語のアルファベット化を検討したものの、識字率の高さに断念したという話も伝わります。
写真出典:edusup.jp

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