2020年9月19日土曜日

梁盤秘抄#6 John Coltrane & Johnny Hartman

アルバム名:ジョン・コルトレーン & ジョニー・ハートマン(1963)
アーティスト:ジョン・コルトレーン、ジョニー・ハートマン

ジョニー・ハートマンは、甘いバリトンが特徴のジャズ・シンガーですが、このアルバムまでは、あまり知られていなかったようです。一方、ジョン・コルトレーンは、飛ぶ鳥を落とす勢いで、神への階段を駆け上っていました。前年、エリック・ドルフィーと別れ、マッコイ・タイナー、エルヴィン・ジョーンズ、ジミー・ギャリソンという不滅のリズム・セクションと活動を開始、翌64年には伝説の名作「至上の愛」をリリースします。

その二人が、なぜバラード・アルバムをレコーディングしたのか不思議なところです。コルトレーンは「何かは分からないけど、彼に何かを感じたんだ。彼の音楽には聴くべき何かがあると思えたんだ」と語り、ハートマンに声をかけ、レコーディングが実現します。コルトレーンの高音域を使った抑え気味のパッセージとハートマンの甘い声が良くマッチし、歴史的名盤が生まれました。

それ以上に驚くべきは、マッコイ・タイナーの音量を保ったままのリリカルな演奏です。疾走するコルトレーンと並走する、いつもの激しいマッコイからは想像もできないほどです。マッコイ・タイナーと、一度、握手したことがあります。よくグローブのような手という表現がありますが、そんなものではありませんでした。まるでコンクリート・ブロックのような手でした。とてもピアニストの手とは思えませんでした。

アルバムの中では「マイ・ワン・アンド・オンリー・ラブ」が人気があるようです。とても甘い仕上がりで、いつまでも耳に残ります。私が最も気になる曲は「ラッシュ・ライフ」です。Lush は、青々しい、とかみずみずしいといった意味ですが、実は、酒とか大酒飲みという意味もあります。荒んだ生活を送る若者が、かすかな恋さえ失い、飲んだくれ人生を送ってやると歌います。自身も大酒飲みだったビリー・ストレーホーンの名曲。自己憐憫の歌ですが、Lush Life とはダブル・ミーニングかもしれない、と思わせる名演です。

ハートマンが来日した時、クラブでライブを聞きました。ピアノに寄りかかりタバコを吸いながら歌うハートマンの横には大きなトール・グラスがありました。後で店の人に聞くと、水ではなく、ジンのストレートでした。この人、長生きできないだろうな、と思いました。ハートマンは、1983年、60歳で亡くなります。早い死ですが、コルトレーンよりは20年長く生きました。(写真出典:amazon.com)

マクア渓谷