と言いながら、過日、気になる広告を目にしました。新造された大型帆船による豪華クルーズです。その船で旅をしたいとは思いませんが、乗ってはみたいと思いました。そもそも帆船が好きで、特に19世紀以前の帆船には強く惹かれます。旅先に記念艦があれば、必ず乗船します。記念艦は、博物館船とも呼ばれ、保存・公開されている歴史的価値の高い艦船を指します。世界三大記念艦とされるのは、横須賀の「三笠」、英国ポーツマスの「ヴィクトリー」、そして米国ボストンの「コンスティテューション」です。いずれも軍船です。歴史的価値、あるいは保存体制といった観点から、記念艦は、おのずと軍船が多くなるのでしょう。日露戦争のおり、日本海海戦で活躍した三笠は蒸気船ですが、他は18~19世紀に活躍した帆走軍船です。
1797年就役の「USS コンスティテューション」、愛称「オールド・アイアンサイド」は、ボストン港の海軍施設に停泊し、一般公開されています。ボストンの観光名所フリーダム・トレイルのポイントの一つでもあります。USS(United States Ship)と付くだけあって、アメリカ海軍の現役艦であり、航行可能な就役艦船では世界最古とされます。アメリカを象徴する船として大事にされ、大きな記念式典などにも登場します。3本マストに砲数44門というフリゲート艦ですが、当時の標準的なフリゲートよりも大型だったようです。フリゲートは、帆船の等級を表します。2層、3層の砲列甲板を持つ大型の戦列艦に比べ、フリゲートの砲列甲板は単層で、より小型でより高速な軍船でした。哨戒、護衛、通商破壊等を主な任務としました。
コンスティテューションは、1812年に勃発した米英戦争で大活躍しています。当時、無敵とされた大英帝国海軍を相手に、5隻の軍船を大破・捕獲し、多くの商船を捕獲します。厚さ178cmというオーク材の側板、44門の砲を支えるための筋交いは、敵の砲弾をはじき返し、無傷のままだったといいます。それを見た英国の水兵たちは、コンスティテューションを「オールド・アイアンサイド」と呼びました。建国間もなく貧弱な海軍力しか持っていなかった米国のフリゲートが、世界一の海軍を次々と破っていく様に、国民は喝采を送ります。こうして、コンスティテューションは米国海軍の誇りとなり、国民に勇気を与えた伝説のフリゲートになったわけです。1830年、コンスティテューションは退役しそうになりますが、圧倒的な国民の声によって再建、再就役しています。
しかし、ほどなく蒸気船と鉄鋼船の時代がやってきます。コンスティテューションは、幾度か廃船の危機を迎えますが、やはり国民の声によって乗り越えます。今でも、コンスティテューションは、アメリカ人が最も愛する船であり続けています。それにしても、「憲法」という大仰な船名にはいささか驚きます。コンスティテューションと同時に建造された他のフリゲートの船名も「ユナイテッド・ステイツ」となっており、実に立派なものです。ほとんど軍船を持っていなかった新興国の思いが詰まった船名なのかもしれません。その後の米国海軍の船名には人名が多く使われています。ちなみに、日本は、伝統的に、軍船に人名を付けることはしません。その理由は、明治天皇が沈没した際の悪影響を懸念したためとされます。(写真出典:en.wikipedia.org)