馬肉を、加工用ではなく、そのまま調理して食べる習慣は、フランスや中国にもあるようですが、ごく一部に限られるようです。日本も同様ではありますが、地方によっては、馬刺し、桜なべは名物となっています。クセのない馬刺しに関しては、冷凍技術の発展により、近年、全国の居酒屋の定番メニューになった印象もあります。馬肉を調理して食べることに関しては、日本が突出しているのかもしれません。馬肉の生産も消費も、古くから馬の産地と知られた東北や九州が多いようです。生産量では、熊本、福島、青森、福岡が上位を占めています。熊本県の御船町や阿蘇一帯、福島県の会津は、良質な馬刺しの産地として知られます。馬刺しでは、他に長野県も有名です。青森県の南部地方には馬刺しもありますが、特に桜なべが有名です。
かつて、江戸では桜なべを”蹴飛ばし”と呼びました。馬は蹴飛ばすことから、馬肉の符牒とされていたわけです。味のベースは深川好みの醤油ですが、味噌を混ぜることが特徴になっています。森下の“みの家”、三ノ輪の”中江”が、蹴飛ばしの名店として知られますが、いずれの割下も醤油を基本に味噌を加えています。ともに明治期の創業ですが、店内は、江戸名物の”入れ込み座敷”のスタイルを保っています。入れ込みとは、長くて低いテーブルに複数のグループが向かい合って座るスタイルです。鍋を突っつく料理店で見られたスタイルで、多くの客をさばくのに適しています。現在では、さすがに貴重な存在となっています。両店の他にも”駒形どぜう”の入れ込みが有名です。勝どき橋のふぐ屋”天竹”なども、かつては入れ込みでした。
青森を代表する桜なべの名店に、五戸町の”尾形(ミートプラザ尾形)”があります。ここの味付けは調理味噌オンリーです。過日、久々に行ってきましたが、味噌ベースの濃い出汁を薄くはった鍋に野菜や肉を入れた鍋が出てきました。かつては、鉄鍋に山盛りのキャベツ、その上に桜肉、さらにその上に味噌が乗った状態で出されていました。火にかけるとキャベツから出た水分だけでグツグツの鍋になるわけです。このスタイルだと時間がかかりすぎるので、今風に変えたのでしょう。聞けば、おそらく味は変わらないと言うのでしょうが、どうも風情には欠けるように思います。桜なべの出汁に味噌が多く使われるのは、馬肉の淡泊さゆえだと思います。馬刺しのつけだれにも、味噌だれ、あるいは味噌を入れた醤油が使われることもあります。
昔、熊本で馬刺しを食べたとき、様々な部位が出てきたので驚きました。なかでも一番の珍味は”たてがみ”でした。首の皮下脂肪のことなのですが、たてがみと呼ばれています。見た目は真っ白で、多少、コリッとした食感はあるのですが、基本的には脂肪の塊です。牛や豚の脂身に比べ、あっさりして、甘味があるとされています。不味いわけではないのですが、やはり脂は脂です。妙な顔をして食べていたと見え、熊本の人から赤身と一緒に食べなさいと言われました。すると、淡泊な馬刺しにコクが生まれたように思えました。熊本の馬刺しは霜降りタイプが主ですが、その理由がこの食べ方で納得できたように思いました。対して会津は赤身が特徴的です。郡山駅前の”鶴我”で極厚にカットしたヒレ肉の刺身を食べたことがあります。とても柔らかく、あっさりとした味わいは、明らかに人生最高の馬刺しでした。(写真出典:tabelog.com)