逮捕後のシェーファー |
とは言え、コロニア・ディグニダは、原始的な生活を送っていたのではなく、近代設備や機械を欧州から導入し、工場、鉱山、病院、空港まで保有していました。1973年のチリ・クーデター後は、ピノチェト政権と親密な関係を築き、武器の製造や不法取引の仲介まで行います。また、軍や秘密警察から300人を超すと言われる左翼活動家の拷問・処刑を請け負ってもいました。また、ナチス残党の一大拠点でもあったアルゼンチンとは地理的にも近く、南米におけるナチス・ネットワークの拠点の一つだったという疑惑もあります。実際に、アウシュビッツで人体実験を繰り返していたヨーゼフ・メンゲレを匿っていたという事実も確認されています。また、本国ドイツで、コロニア・ディグニダを支援する組織を立ち上げたのは、ナチスの残党として知られる武器商人のゲルハルト・メルティンズでした。
シェーファーは、何度か告発を受けますが、チリやドイツの政財界、法曹界に張り巡らしたネットワークによって守られます。チリのドイツ大使館がシェーファーに便宜を図っていたことも明らかになっています。しかし、ピノチェトが退陣し、影響力を失っていた1997年、少年達に対する性的虐待で告発されたシェーファーは、アルゼンチンに逃亡。2005年には逮捕され、2010年、獄中死しています。シェーファーの死後、コロニア・ディグニダは名前を変え、オープンな教団として運営され、宿泊施設やレストランも備えたレクリエーション施設も営業しています。ただ、チリ政府は、シェーファーの性的虐待は裁いたものの、他の犯罪に関しては沈黙を守っています。被害者の家族達が、実態解明を要求していますが、いまだ明らかになっていないことも多くあります。
2016年には、エマ・ワトソン主演、フローリアン・ガレンベルガー監督の「コロニア」がリリースされています。コロニア・ディグニダのカルト教団としての恐怖を背景としたフィクションでした。また、最近、元信者たちの証言に基づくNetflixのオリジナル・ドキュメンタリーもリリースされました。こちらは、主に少年達への虐待がテーマとなっていました。不思議なことに、いずれの作品も、ナチスとの関係について、ほとんど触れられていません。そこを深掘りしようとすれば、チリやドイツの政財界とシェーファーとの関係に踏み込まざるを得ません。ただ、両国政府が明らかにしていないことも多い現状では、エビデンス不足ゆえに有力者から名誉毀損で訴えられる可能性が高く、描き切れなかったのだと思います。
私が、どうにも理解できないのは、その豊富な資金の出所です。後に武器の不正取引や産業面で得た収入は理解できるとしても、設立当初から欧州風の建築や近代的な設備の導入を可能にした潤沢な資金は、どこから出たのか疑問と言わざるを得ません。チリ政府の支援もあったのでしょうが、やはりナチス・ネットワークとの関係なしには理解できない面があります。犠牲になった人々の無念を晴らすためにも、我々が歴史から教訓を得るためにも、戦後のナチス・ネットワークに関する疑惑解明は徹底されるべきだと思います。(写真出典:nbcnews.com)