2025年12月20日土曜日

モーテル

アメリカにいた頃は、出張でも家族旅行でも、結構、モーテルのお世話になりました。車社会のアメリカで生まれたモーテルは、全米どこにでもあり、安価で使い勝手が良い宿泊施設です。モーテルは、アメリカ文化を代表するアイコンの一つと言えます。モーテルという言葉は、1925年、カリフォルニア州のサン・ルイス・オビスポに建てられた”マイルストーン・モーテル”から始まったとされています。正式名称は”マイルストーン・モーター・ホテル”だったようですが、屋根の看板に納まりきらなかったので、経営者が簡略化して生まれた言葉でした。諸説ありますが、この”マイルストーン・モーテル”が、部屋の前に駐車場があるタイプとしては、世界初のモーテルだったようです。

アメリカのモータリゼーションは、1908年、フォード・タイプT、いわゆるT型フォードの発売に始まるとされます。流れ作業による大量生産方式が実現した安価で丈夫な車は、約20年間に1,500万台が生産され、アメリカを車社会へと変貌させます。それだけに留まらず、流れ作業化で、価格を下げ、賃金を上げ、消費を拡大するというフォーディズムは、大量生産・大量消費という20世紀の資本主義の基本的な方程式となり、物質主義を進めることにもなりました。また、車社会実現の背景には、テキサス州スピンドルトップの大油田発見に始まる石油ブームもありました。いずれにしても、モータリゼーションは、鉱工業の裾野を広げただけでなく、道路網の整備、ガソリン・スタンドの急増等とともに車で旅をする人々を生み出していくことになります。

車で旅をする人たちは、当初、車中や道端に張ったテントに泊まっていたようです。次いで水道やトイレを備えたオート・キャンプ場、そしてキャンピング・トレーラーへと展開し、最終的にはモーテルが登場することになります。モーテルは、郊外のロード・サイドという立地、安い建築費、人件費の節約などで安価な宿泊費を実現し、瞬く間に全米に広がりました。典型的には、I字かL字型の平屋に客室と駐車場が並び、建屋の端にフロントがあります。ダイナーやプールのあるタイプも多くあります。客室は、ベッドの違いはあっても、ほぼ同じシンプルなレイアウトです。ロードサイドにあるので、目立つ看板やド派手なネオンサインも特徴の一つです。そして、必ず”Vacancy/No Vacancy”のサインがあり、空いていれば予約無しで宿泊することができます。

モーテルを使う予定がある場合、私は、事前にモービル・トラベル・ガイドで調べて、目星を付けておくか、予約していました。1958年にスタートしたモービル石油の旅行ガイド(現在はフォーブス・トラベル・ガイド)は、アメリカで最も古くて、最も信頼されるガイド本でした。ホテル、モーテル、レストラン、観光名所が網羅されています。記載は、星の数で示されるレイティングと簡潔な説明だけなのですが、規格社会であるアメリカでは、それで十分に伝わります。携帯電話が登場する前のことだったので、バス・ルームに電話があるかどうかが、モーテルのレイティングを左右する大きな要素だったことを覚えています。逆に言えば、それくらいしか違いが見いだせないほど、モーテルは画一化されていたとも言えます。

モーテルの数に関する統計ははっきりしないのですが、ピークだった1960年代には6万軒以上存在したという説があります。近年は、減少が続き、16,000軒程度まで落ち込んでいるとのことです。最大の理由は、インターステイト・ハイウェイ(州間高速道路)網の拡大によって、旧道の交通量が減ったからです。ルート66が1985年に廃線になったのも同じ理由です。1926年に開通したルート66は、シカゴとカリフォルニアのサンタモニカを結んでいました。古き良きアメリカのフロンティア・スピリットや自由を象徴するマザー・ロードでした。同時に、ルート66は、モーテルやダイナーが立ち並び、アメリカ文化を象徴する道でもりました。余談ですが、日本のモーテルはラブ・ホテル化し消えていきました。最大の理由は、国土の狭さゆえ車で旅をする人が限られていたからなのでしょう。やはり、日本は鉄道の国だと思います。(写真出典:motel-voyageur.com)