監督:チュ・チャンミン 2024年韓国
☆☆+
1979年10月に起きたパク・チョンヒ(朴正熙)大統領暗殺事件に関わる裁判を題材とする映画です。犯行は、キム・ジェギュ(金載圭)中央情報部長によって行われますが、事前にキム部長の命を受けていた中央情報部秘書官と儀典課長は、大統領警護官たちを射殺します。本作は、秘書官とその弁護をした弁護士をメインに大統領暗殺事件裁判を描いています。秘書官が軍人であったことから、裁判は軍事法廷で行われます。裁判は、同年12月に粛軍クーデターを起こすチョン・ドファン(全斗煥)国軍保安司令官によって、裏から操作されていました。ここ数年続く、保守系を糾弾する映画シリーズの一つと言えます。韓国での公開は、2024年8月であり、保守系のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領が非常戒厳を宣布する以前です。史実としては、暗殺事件そのものを描いた「KCIA 南山の部長たち」(2020)と粛軍クーデターを描いた「ソウルの春」(2023)の間に位置する映画です。保守糾弾映画ではお馴染みとなった”ファクション”映画、つまり事実に基づくフィクションとされています。事件そのものは事実に則していますが、裁判の内容は、事実かどうか分かりません。争点となったのは、秘書官は命令に従っただけなのか、事件はクーデターだったのか、ということです。熱血弁護士がこれに挑むわけですが、そこにチョン・ドファン(全斗煥)が立ちはだかります。韓国では、チョン・ドファンの悪人ぶり、それに敢然と立ち向かう弁護士という構図だけで大ウケするのでしょうが、ストーリーの展開にブレがあり、やや焦点がぼけてしまったところがあります。
弁護士役、秘書官役を演じた二人の俳優の演技がなければ、この映画は、映画として成立していなかったのではないかと思います。弁護士役を演じたチョ・ジョンソクは、ミュージカル・スター出身で演技力が高く評価されている人のようです。また、秘書官役のイ・ソンギュンは、大ヒットした「最後まで行く」(2014)で注目を集め、アカデミー作品賞を受賞したポン・ジュノの「パラサイト」での演技が国際的にも評価された人です。ただ、2023年、麻薬の不法投薬が疑われ、スキャンダルになります。それをきっかけに韓国芸能界での麻薬問題が社会問題化されます。2023年末、イ・ソンギュンは、公園に停めた車の中で死んでいるのが発見されます。練炭を使った自殺と見なされています。本作が遺作であり、エンドロールには献辞も流されています。
それにしても、韓国の権力闘争の苛烈さには驚かされます。GDPで日本を抜いた韓国ですが、依然として戦時下にある国です。私が、初めて韓国を訪れたのは、1993年のことでしたが、月一回の市民総出の防空演習に出くわしました。また、韓国の地図に南北の国境が描かれていないことにも驚きました。防空演習こそなくなりましたが、依然、兵役義務のある国です。戦時下の国では、軍部が政治に強い影響力を持つことは当然とも言えます。暗殺されたパク・チョンヒ(朴正熙)大統領も、陸軍少将だった1961年、クーデターによって政権を奪取した人です。そもそも500年以上続いた李氏朝鮮も、クーデターによって誕生した政権です。李氏朝鮮は、派閥抗争が絶えず、クーデターも起こっています。クーデターが歴史を動かしてきた国だとも言えそうです。
対して日本でクーデターと呼べるものは、乙巳の変(645年)、本能寺の変(1582年)くらいだと思います。終戦前夜に起きた宮城事件も、クーデター未遂事件とされることがあります。また、「五・一五事件」(1932年)や「二・二六事件」(1936年)もクーデターとされますが、実行者が政権奪取を目指していなかったことから、テロ事件と理解すべきなのでしょう。映画を見ながら、なぜ日本にはクーデターが少ないのか、ということが気になりました。”和を以て貴しとなす”という精神風土、近代では国民間の経済格差が比較的少ないこと、などが挙げられるのでしょうが、実は、天皇制が存続してきたことも、大きく関係しているではないかと思います。(写真出典:eiga.com)