2025年3月30日日曜日

インド大魔術団

P.C.ソーカー
子供の頃、インド大魔術団の公演を2度ほど見ました。空中浮揚や人体切断といった大仕掛けな奇術は、大いに人気を集めたものです。さらに言えば、遠く、かつ謎めいた国インドというだけで十分にエキゾチックであり、それだけでも人を集める力があったのだと思います。同じ頃、ソヴィエトから来たボリショイ・サーカスも人気でした。東西冷戦の頃、ソヴィエトは壁の向こうの国として、やはりエキゾチックだったわけです。インド大魔術団は、国際的に活躍した奇術師P.C.ソーカーが率る「Indrajal(魔術) Show」の日本名であり、1950~1960年代、しばしば来日公演を行い、TVにも出演していました。同氏は、1971年、公演のために訪れた旭川で心臓発作を起こし、客死しています。 

ソーカーと言えば、裾の長い派手な上着を着て、羽根飾付のターバンの後ろを長く垂らし、立派な口ひげをたくわえた姿がトレード・マークでした。彼のマハラジャ的な姿が、我々のインド人のイメージに相当の影響を与えたものと思います。ソーカーは、バングラデシュのダッカ出身であり、シーク教徒ではないと思われます。ですからターバンは、あくまでもステージ衣装だったのでしょう。それにしても、インド人と言えば、ターバンというイメージが見事に定着しています。人口のわずか2%に過ぎないシーク教徒の姿が、なぜインド人を代表するに至ったのか不思議なところです。おそらくは、インドに進出した英国人が、エキゾチシズムを強調するためにシーク教徒の姿を象徴的に使ったからなのでしょう。

インド大魔術団のショーは、ステージ・マジックのなかでもイリュージョンと呼ばれるジャンルでした。記録に残る最も古い奇術は、4千年前、エジプトの洞窟壁画に描かれた”カップ&ボール”だとされます。それがエジプトから世界に広まったということではなく、各地で手先・指先の器用な人たちが遊びとして行っていたことが奇術になっていったのだと思います。イリュージョンの始まりは、チェスを指す”トルコ人”という機械人形だとされます。1770年、ハンガリーの発明家がマリア・テレジアを喜ばせるために作りました。トルコ人は、欧州を巡業し、人気を博したようです。ただ、トルコ人が、科学の歴史ではなく、奇術の歴史に登場するわけは、中にチェスの名人が入っていたというインチキがゆえです。

近代奇術の父とされるのは、19世紀フランスのジャン・ウジェーヌ・ロベール=ウーダンです。それまで奇術が持っていた黒魔術的なムードを、燕尾服に明るい照明という現代につながる姿に変えました。近代的なイリュージョンもロベール=ウーダンに始まるとされています。元時計職人という経歴を活かした機械魔術の他に、透視術や人体浮遊といった新しい奇術を次々と発表したとされます。興味深いことに、ロベール=ウーダンの人体浮遊は、インドのマドラスでヒンドゥー教の行者が披露した空中であぐらをかく技が元ネタになっているようです。また、イリュージョンの定番である消失マジックも、17世紀インドで行われていた奇術だったようです。空中に立ち上がったロープを少年が登るヒンドゥー・ロープというイリュージョンも、その名の通り、インドの奇術師が行ったものだとされます。

やはりインドは、奇術のメッカの一つなのでしょう。インドの場合、奇術は単なる遊びではなく、宗教と深く関わっている面がミステリアスな印象を与えます。それは過去の話とも言えません。1990年代、日本ではサイババ・ブームが起こります。オカルト・ブームに乗った日本のTV局が、奇跡を起こすインドの宗教家として大騒ぎしました。奇跡とは、病気を治す、腕輪などを出現させるなどですが、最も有名になったのは何もない手から聖灰を生み出すものです。サイババの奇跡は手品だという批判も多くありましたが、科学的な解明はできませんでした。TVは、サイババを奇跡という一点だけでネタにしていました。日本のマスコミの軽薄さを象徴する話です。実は、サイババは、教育や社会インフラの整備等に大きな功績を残した人です。今も、インド国内だけでなく、世界的に大きな影響を残しています。(写真出典:bbc.com)