2025年1月7日火曜日

錦玉子

私がおせちのなかで特に好むものは、お雑煮、鮭の飯寿司、こはだの粟づけ、数の子、黒豆、紅白なます、そして錦玉子です。おせちの内容は、地方によって、家庭によって異なるものでした。飯寿司も北国特有のものです。ただ、都市部の核家族を中心におせちが単品やセットで買うものに変わり、かつスーパーなど流通が発達した現在、おせちは均一化されていると思っていました。ところが、過日、大阪出身の友人に聞くと、大阪に錦玉子はないと聞き驚きました。調べて見ると、確かに錦玉子は、東京と静岡、関東の一部だけで販売されているようです。理由は江戸のものだったからと聞きましたが、どうもピンときません。

こはだの粟づけも、もとは江戸の名物でしたが、いまや全国区になっています。こはだは、出世魚であり縁起がいいわけですが、 錦玉子も同じく縁起物です。玉子の黄身部分は金糸、白身部分を銀糸に見立て、財運向上を願っているのだそうです。錦玉子という名前は、黄と白の二色から錦と語呂合わせされたと聞きます。いずれにしても、同じ縁起物であれば、錦玉子も全国に広がってもいいようなものです。そうならなかった理由は、江戸と上方の味付けの違いによるものと思われます。醤油と鰹ベースの濃い味付けが好まれる江戸では、卵料理には甘さが求められ、昆布出汁と薄口醤油の上方では、卵料理にも出汁を利かせ、塩味で仕上げることが多いからなのでしょう。

錦玉子の基本的な作り方は、茹でた卵を黄身と白身を分けて裏ごしし、甘く味付けした後、二層に重ねて蒸します。それを巻いたものが多く売られていますが、二層のままのものもあります。二層のものは市松模様に並べると美しく華やかなおせちになります。お値段は千円以下の巻物から4~5千円もする有名店の二層ものまでとピンキリです。高価な巻物の場合、断面に黄色い寿の字があしらわれているものもあります。昔から不満に思っているのですが、錦玉子は正月前にしか売られていません。おせちだからと言えば、それまでですが、通年販売してもらいたいものだと思います。さらに言えば、正月が明けると、正月用品の安売りが始まりますが、そこに錦玉子があったためしがありません。人気薄で生産が少ないということなのでしょう。

錦玉子は伊達巻きと混同されることも多々あります。伊達巻きは、魚のすり身と卵を混ぜて焼き上げます。いずれも甘い卵料理ですが、見た目は大いに異なります。伊達巻きは人気があるようで、正月前にも大量に陳列されていますし、正月明けには安売りもされています。それどころか、一部、通年販売もされています。また、例えば、小田原の鈴廣では”海のすふれ”という名前で、巻かないタイプがいつも販売されています。もはや卵料理ではなく、すり身食品というカテゴリーなのでしょう。ちなみに、伊達巻きは、仙台発祥だから伊達巻きなのではなく、おしゃれな人を指す伊達者から来ているようです。伊達者とは、朝鮮出兵のおり、伊達藩士たちが派手な出立で武者行列したことから生まれた言葉です。

鶏卵の食用が一般化したのが江戸時代とされますから、錦玉子も伊達巻きも江戸期に生まれた料理と想像できます。江戸中期に出版されたレシピ本「万宝料理秘密箱」のなかの卵料理だけをまとめたものが「卵百珍」として知られます。掲載される卵料理は100を超えると言いますから、恐らく両方とも載っているのでしょう。錦玉子は手間がかかるので、お値段が多少高めになるのでしょう。甘い卵料理は数多く存在しますし、卵を使ったお菓子ともなれば星の数ほどあります。つまり、錦玉子にはライバルが多く、値段も高めなので、販売量が少くなっているのでしょう。今年のお正月にもおいしくいただきましたが、また来年までお預けというわけです。(写真出典:jz-tamago.co.jp)