2021年5月12日水曜日

M資金

Bernard L. Madoff
「電話で、金やる、金くれ、は詐欺です」という防犯キャッチフレーズは、なかなかの傑作だと思います。実にストレートですが、まったくそのとおりだと思います。いわゆる”オレオレ詐欺”は、手口が多様化してきたので、近年は”特殊詐欺”と呼ばれているようです。それにしても、これだけ認知の広がった詐欺にも関わらず、いつまでも被害者が出るということは、もはや驚きです。もちろん、それなりに手口も進化しているのでしょう。特殊詐欺は、弱者を狙う卑劣な詐欺ですが、本格的な詐欺師の手口は、時として芸術的ですらあります。そして、同時に、詐欺師は、極めて鋭い心理学者でもあります。

戦後日本を代表する詐欺事件に「M資金」があります。間隔を置きながら、何度も繰り返されてきました。あまりにも有名になり過ぎて、詐欺師も避ける手口ではないかと思うのですが、忘れた頃に、必ず再発します。M資金とは、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が占領下の日本で接収した財産が、今も秘密裡に運用されているという資金のことです。Mは、GHQ経済科学局長であったウィリアム・マーカット少将の頭文字だとされています。デタラメな話に決まってます。少なくとも、金融庁は、その存在を否定しています。ただ、戦後の混乱期には、金融面でも、様々、不可解なことが起こっており、M資金を信じる人も多いわけです。

典型的な手口として、まずは、ターゲットとして、功成り名を遂げた成功者を探し出します。政財界の奥の院、あるいは皇室と関係のある者を装い、ターゲットに近づきます。ある程度、信頼を勝ち得たところで、M資金の話を切り出します。極秘でM資金からの巨額融資を斡旋するが、契約金や準備金が必要だとして、大金を詐取するという手口です。本格的な詐欺師ともなれば、舞台や道具立てのすべてに細心の注意を払い、完璧を期すはずです。ただ、この詐欺の成否を握る鍵は、細部ではなく、あくまでもターゲットの選定にあるのだろうと考えます。政財界の有名人との関係をチラつかせて信頼を得るわけですから、保守本流の外にいる人、いわゆる成り上がりが望ましく、かつプライドが高い人ほど、だましやすいのだと思います。

実は、そういったターゲットに特有な付随的メリットがあります。騙されたことが分かっても、金銭的余裕とプライドの高さから、訴えないことです。ターゲットの多くは、非上場のオーナー経営者であり、個人資産から金を出すか、あるいは会社経費を詐取されたとしても、表沙汰にすることなく処理することが可能です。M資金詐欺の被害件数はそこそこありますが、表に出ていない事案が数多くあるとも言われます。思うに、M資金詐欺の被害者たちは、融資が欲しかったのではなく、政財界のインナー・サークルに認めらることを熱望した人たちなのだろうと思います。ついに俺も保守本流の仲間入りか、というわけです。詐欺師は、それがよく分かっており、ある意味、欲しいものを差し出すわけです。

この4月、歴史上、最大とされる詐欺事件を起こしたバーナード・マドフが獄中で死にました。被害総額は、4兆円とも5兆円とも言われます。ウォール・ストリートの立役者として、50年間、証券会社を経営したマドフの手口は、典型的なポンジ・スキームでした。高いリターンを謳って出資を募り、実際には運用せず、次の出資金を配当に充てる詐欺です。自転車操業が破綻したのは、サブプライム・ローン危機の時でした。高いリターンを示されると飛びつく人たちがいる限り、世にポンジ・スキームの被害者が絶えることはありません。「高いリターン、確実なリターン、は詐欺です」ということになります。(写真出典:ja.wikipedia,org)