監督:ヨハン・グリモンプレ 原題:Shadow World 2016年アメリカ、ベルギー、デンマーク
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アンドルー・ファインスタインの高く評価されている著書 『武器ビジネス:マネーと戦争の「最前線」』(The Shadow World 2011)を原作とするドキュメンタリーです。決して表には出ず、影の世界から国際政治をも動かしている武器ビジネスの実態に迫ります。その性格上、資料も限られ、関係者が証言するとしても匿名性を求めるわけですから、書籍ならまだしも、その映像化は、極めて難しいものとなります。やはり、本作もうまく行きませんでした。思わせぶりな映像のオンパレードであり、真実に迫っていくドキュメンタリー映画の醍醐味は、まったくありません。原作のあるドキュメンタリー映画の難しさでもあるのでしょう。最大の弱点は、ハイライトに据えたイラク戦争の闇について、まったくと言っていいほど、新しい切り口も、新しい資料も、新しい証言もないことです。イラク戦争に関して、まったく知識を持たない人が見れば、新鮮な驚きかも知れません。ただ、多少でも、知識のある人にとっては、よく知られた話をなぞっているだけに過ぎません。いまさらイラン・コントラ事件を、新事実がごとくプレゼンされても、しらけるばかりです。ただ、限りなく真実に近い疑惑を、繰り返し伝えることには、意味があるかも知れません。この映画によいところがあるとすれば、それだけです。
邦題は「シャドー・ディール」と、直接的に武器商人をイメージさせますが、内容は、より政治的な内容となっています。原題の「シャドー・ワールド」の方が、適切です。著作権等の問題もあったのでしょうが、矮小化された邦題は、誤解を生みやすいと思います。端的に言えば、現代における軍産複合体の問題を、表面的に伝えるだけの映画です。軍産複合体という言葉は、1961年、アイゼンハワー大統領の退任演説で有名になりました。言葉自体は、第一次大戦に際して、英国で誕生した超党派の反戦同盟「民主的統制連動」が使い始めたとされます。陸軍参謀総長だったアイゼンハワーが、軍産複合体に気をつけろ、と言ったわけですから、実に衝撃的だったわけです。
産業革命が生み出した巨大産業の一つが軍需産業です。軍と一蓮托生的な性格を持つことは当然ですが、いずれも国家予算に基づく存在であり、GDPに占める割合も巨大、かつ就業人口も多大であることから、国としても、存続を左右しかねないほど重要な存在です。当然、軍産複合体は、あらゆる手段を講じて、維持拡大を図ります。政府としても、簡単に無視できるものではありません。ましてや、アメリカの場合、軍産複合体の構成員であるブッシュ家から二人も大統領が出れば、なにが起こるかは明らかであり、実際に起きたわけです。テロ対策という格好の材料を得た軍産複合体は、強大なイスラエル・ロビーとも連携し、中東から戦火が消えることがないように様々な手を打ってきたとも言えます。
ジョン・F・ケネディは、キューバ問題がもとでマフィアに暗殺されたという説が有力です。しかし、ヴェトナム戦争に疑問を持ち始めたことで、軍産複合体がCIA等と連携して暗殺したという説もあります。生真面目な田舎者ジミー・カーターは、本気でミリタリズムの是正に取り組もうとしたと言われます。軍産複合体が敷いた包囲網のなかで、ジミー・カーターは自滅していったとも言われます。莫大な資金を背景に、巧みに張り巡らした軍産複合体のネットワークは、我々の疑念を呼びおこすことはあっても、決して目に触れることなどないのでしょう。映画としての本作は評価できるものではありませんが、テーマ自体は問いつづけるべきものです。(写真出典:imageforum.co.jp)