2020年7月4日土曜日

「ペイン&グローリー」

2019年スペイン  監督:ペドロ・アルモドバル

☆☆☆☆

80歳で3度目のエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎は「老いることが怖いのではない。目標を失うことが怖いのだ。」と言っています。人間、歳をとれば、体力も筋力も落ち、痛いところも薬も増え、大病を予感させる症状も現れ、気力も失いはじめます。気力が衰えると、老いは加速度を増し、ついに死を迎えるというのが普通なのでしょう。ただ、定年のない仕事、ことに創造的な職業を持つ老人は、気力が充実し、いつまでも精力的なものです。映画監督も同じなのでしょう。この春亡くなった大林宜彦監督も、ガンに侵された体に鞭打って映画製作を続けたわけで、まさに典型と言えます。

アルモドバル本人と思われる主人公の映画監督は、老境に加え、背中の痛み、そして多少のわだかまりを残した母の死が重くのしかかり、世捨て人の生活を送っています。本人は老いのせいだと思っていないところが、創造を天職とする人らしいところです。気力が失せる中、過去の作品、昔仲たがいした俳優、過去の恋人、そして母と過ごした子供時代と向き合うなかで、かつて自分が見出した生きる喜びを思い出し、再生していきます。老いを認めないものの、老人の特権でもある過去と向き合うことで、老いを克服していく姿が面白いと思いました。

色彩豊かなアルモドバルのショットが持つエネルギーやパワーに衰えは感じません。特に、アルモドバルの人間を映すショットは、いつもながら決まっています。アルモドバル映画常連のアントニオ・バンデラスが見事な演技。同じく常連のペネロペ・クルスも安定した味を出しています。アルモドバルの音楽の使い方も好きなのですが、今回は、チャベーラ・ヴァルガスの使い方がいいですね。かつて恋人と訪れたメキシコで聞いたという設定です。93歳で亡くなるまで、力強い声で歌い続けたメキシコの国民的大歌手は、老いと創造に関するアルモドバルの信念、あるいはこの映画を象徴しているのでしょう。

若い人たちがこの映画をどう見るのかは知りませんが、老境を迎えた自分としては、とても希望にあふれた映画のように思えました。
写真出典:pain-and-glory.jp